12月4日(日)、ベンチャー学会午前中のシンポジウム「どうする、どうなる?日本のベンチャーキャピタル-課題と今後」では、大手から独立系まで、4人のベンチャーキャピタルの社長が揃った。
 その最後で、「いかに、次世代ベンチャーキャピタリストを育てるか」という話題になった。やる気があり、パッションのある若手、新卒を雇い、ある期間修業するしかない、というのが結論の最大公約数だったと思う。
 経営学に「人的資本論」といのがある。人の持つ、知識、経験、能力を「資本」とみなすものである。そのうち、読み書き、英会話など応用が利くものを「一般的人的資本」、一部の職でのみ発揮できる能力を持つ人を「特殊的人的資本」と分ける。一般的人的資本は学校で身に付くが、特殊的人的資本は、「徒弟制度」で能力を身につけるのが合理的と言われている。
 日本企業では、その企業でしか発揮できない能力を「企業特殊的人的資本」と呼ぶことがある。他の会社では使えない、と揶揄される場合もあるが、いわゆる「おふくろの味」など秘伝のノウハウは、企業内で長くつちかったものである。企業特殊的人的資本は、悪い意味ではない。
 
 アメリカではベンチャーキャピタリストは、「アメリカに最後に残った、徒弟制度」と言われている。
 「ベンチャーキャピタル」という職種でのみ発揮できる能力だからであろう。私なども20年ベンチャー支援業をしているが、自ら「ベンチャーキャピタリストでございます」と名乗る勇気はまだない。上場まで支援したトラックレコードはあるが、投資資金を自分の手で集めるのが、今回が最初だからである。
 ある程度の、企業審査方法などは座学でも学べる。また座学、論理的分析の重要性は、師匠の清成忠男教授も常に話していた。「ベンチャーキャピタリスト養成講座」なるものが、世間に存在する理由である。私自身もそういう講座で学んだことがある。
 しかしながら、その講座の卒業証書をもらえば、ベンチャーキャピタリストという資格がもらえるものではない。そもそも、弁護士、公認会計士などの資格ではない。
 起業家の見方、この起業家は信頼できるか、などは、経験を積むしかない。もっとも良いのは、経験のある「師匠」のもとで修業を積むことである。医師、弁護士、公認会計士と同じく、生命身体財産にかかわる仕事であるのに、国家資格ではない。その重要性を担保するには修業しかないのであろう。そう思いつつ、修業を積むしかないと私自身も悩む日々である。

太原正裕